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南三陸町がれき片付けのボランティアに行ってきました。(後編)

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作業にかかります。(写真は再アップです)
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こちらにも直後には相当ながれきがあったようですが、重機で撤去してこの状態までになったようです。
参考に、これは約1年前の状態です。
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場所は気仙沼ですが、状況はほぼ同じだったと考えて良いでしょう。当時道路はほぼ通れるようになっていましたが、がれきが山積みです。写真ではわかりづらいかもしれませんが、ペシャンコになった車があります。その他も何が何だかわかりません。海水に洗われたため、鉄製のものは全てさびてしまっています。
これらが撤去され、ようやく地面が平らな状態にまでなったのです。
最初のうちは、これらがれきをとにかく撤去することが第一でしたから、何でもかんでも片付けていたようですが、今は分別することが必要です。ですからどうしても手作業にならざるを得ないのです。
地面が平らになっており、うわべは一見綺麗に見えます。最初は自分たちもどこをどうすれば良いのかわかりませんでした。
しかし実は海の砂で埋まっているだけで、掘り起こすとコンクリートガラや瓦の破片、食器類、何かのリモコン、洋服、カーテン、電子レンジ、大きいものでは屋根のトタン、玄関ドア、2m四方のアスファルト、倒れたブロック塀等々、いろいろな物が出てきます。
これらのものが出てきても、感情移入してはいけないと言われました。「どんな人が使っていたんだろう?」とか、「ここにも生活している人達がいたんだ。」とか考えていると、思わず涙が出てきて、作業になりません。淡々と作業を進めるのみです。
建物が布基礎なので、結構深くまで埋まっていますから、掘り起こすのが大変です。
例えば、鉄板の先20cmくらいが見えていても、屋根などは数メートル有りますから、その分掘り進めなければなりません。またそれが横に埋まっていればまだましで、縦に埋まっていた場合は、1m近く掘らなければなりません。結局あきらめたものも有ります。
それと、プロからすれば、家の解体後に出た細かいコンクリート片(ガラ)などは一緒に埋めてしまうことが多いのですが、皆さんマメに拾っています。
3時15分に作業終了です。
集められたがれきの一部がこちらです。
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これ以外にもコンクリートの塊や陶器の破片などは何カ所かに分かれて積まれています。
これでだいたい住宅3軒分くらいです。30人が半日かかって出来るのは、僅かこれくらいのものです。
まだまだ他にも残っているのを見ると、本当に気が遠くなります。
作業が終わった後はボランティアセンターに戻って、工具や長靴を返却します。
実は工具のうちスコップなどは、途中で破損したりしてしまいます。
もしかしたら、こういったものを寄付するというのも復興の一助になるのかもしれません。
自分たちはボランティアに来た、というがんばった感もありますが、実はボランティアセンターの方には非常にお世話になって居ます。
彼らがいなければ、ボランティア活動が出来ないのですから。本当に有難いことです。
中には「来てやった」というような気持ちの方が居るかもしれませんが、大間違いです。でも実際に作業をしてみたら、そんな気持ちも無くなるでしょうけれどね。
作業が3時15分で終わってしまうのは、規定があって、全部がそれで統一しているようです。また昼休みも12時から1時までと決まっていて、その間は作業ができません。せっかく来たので少しでも作業をしたかったのですが、しかたありません。
早く終わったので、防災庁舎に立ち寄ります。こちらには献花台が設けられており、人々が次々と来ては、手を合わせ、黙祷をしていきます。
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この建物も、近く取り壊されるという話です。遺すべきという意見も有ったようですが、やはり地元の人からすれば、この建物をみるとそのときのことが思い出されてしまうのだそうです。
横に回ってみると、建物の鉄骨が津波で引っぱられたのがわかります。外階段なのか、手すりがひしゃげてしまっています。また、筋交いとなっていた細い鉄骨は曲がっています。
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そして足下を見ると、コンクリートのベタ基礎が残っています。よく見てみると、鉄骨が引きちぎられた跡があります。
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職業柄、こういうところに目が行ってしまいますが、水の力がいかに強かったのか、改めて教えられました。
その後、高台の志津川中学校に行って、街を見下ろします。中学校の校庭には仮設住宅がたくさん並んでいます。テレビでは見ていましたが、実際に行って校庭にプレハブ住宅がたくさん並んでいるのは異様な風景です。写真は遠慮しました。ここで生活している人がいるのは紛れもない事実です。
眼下には、何もかも流されてしまった南三陸町が見えます。
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これもテレビではよく見られますが、かつてはそこに住んでいて、今は仮設住宅にいる人達がこの光景を毎日見るというのは、とても辛いことだと思います。
それとも、もう慣れて、麻痺してしまったでしょうか?
最後に、さんさん商店街と言うところに行きました。これも仮設の商店街です。元々の商店街が移動してきたようなもので、電気屋さんや洋服屋さん等もあります。その中にある魚屋や海産物店で土産物を買います。これも復興支援の一環です。
お店の方々は被災した人達です。中には津波に流されて、助かった人もいました。
「ボランティアさんですか?」
「来て頂いてありがとうございます。」
そんな声を掛けて頂けました。
こちらの方が涙が出そうになります。
「また来ますね」
そう答えるのが精一杯でした。
そして帰りもバスで、休憩を入れながら5時間。
翌日は、当然筋肉痛に襲われますが、幸い普段のトレーニングの成果で、あまり使っていない太ももの後ろや、背中の筋肉が軽く痛んだだけで済みました。サボっていた訳じゃないのは、一緒に行ったみんなが知っています。
まだまだ書きたいことはあるのですが、百聞は一見にしかず、です。見に行くだけでも良いので、是非一度、東北の被災地の現地に足を運ぶことをお勧めします。いや、お願いします。本当のことがわかります。
国会議員さんも、全員行けばいいのに・・・。

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コメント

  1. まとめteみた.【南三陸町がれき片付けのボランティアに行ってきました。(後編)】

    作業にかかります。(写真は再アップです)こちらにも直後には相当ながれきがあったようですが、重機で撤去してこの状態までになったようです。参考に、これは約1年前の状態です。場所は気仙沼ですが、状況はほでしょう。当時道路はほぼ通れるようになっていましたが、が?…

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