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南三陸町がれき片付けのボランティアに行ってきました。(前編)

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4月15日に、宮城県南三陸町へ、倫理法人会のメンバー約30名で、ボランティア活動に行ってきました。
午前4時に宇宮を出発、8時半頃に南三陸町に入ります。早速目に飛び込んできたのがこの光景。
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津波の跡も生々しいです。去年の3月11日から1年以上経っていますが、まだこの状態です。思わず言葉を失い、涙が出そうになりました。
その手前のセブンイレブンで、昼食を購入。ボランティアは基本全部が自腹です。今回も交通費から食事まで自分たちで用意しなければなりません。もちろん、発生したゴミも全て持ち帰りです。
セブンイレブンもプレハブの仮設店舗です。その脇にはもともと店があったと思われるコンクリート基礎や浄化槽の跡が残っています。セブンイレブンの駐車場からは南三陸鉄道が走っていた線路の跡が見えました。
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右側にトンネルがありますが、線路は流されてしまい、有りません。土手部分の土砂も削れてしまっています。その上には倒れてきたコンクリートの擁壁が乗っています。
何が起こったのか?多分想像以上のことだと思われます。
そこから再びバスに乗って、目指すは南三陸町災害ボランティアセンターです。
3月一杯で東北地方の高速道路無料化が終了し、ボランティアの数が激減したそうですが、まだまだ活動は必要です。
時間内に手続きすれば、当日飛び込みでもボランティア活動をさせてもらえるみたいです。また個人でも団体でもOK。ボランティア用のビブス(ベストみたいな物)や、長靴、スコップなどの道具も無料で貸してくれます。
また、ボランティア保険という物があり、それもその場で入ることが出来ます。
自分たちは事前にビブスは用意して来ました。また片付けには安全靴のようなものが良いと聞いていたので、それっぽい靴を履いてきたのですが、職員の方から「長靴の方が良いです」と言われ、履き替えることとなりました。
手続きを終えて、スコップやバール、ハンマーなどを借りて、職員の方の先導で作業する現地に向かいます。
現地はこんな感じです、
2012041512190001.jpg
津波で上物は全て流されて、建物の基礎しか残っていません。
奥の家の跡には花が供えられています。こちらで無くなった方がいたようです。
その奥には南三陸鉄道の土手が見えます。そこで津波はせき止められたようで、陸橋の先では被害はほとんどありません。また、写真の左手は急な斜面があり丘になっていますが、その上の家も無傷です。ほんの数十メートルの差で明暗が分かれています。
この辺は目の前が海です。防波堤が粉々になって居ます。2012041512190000.jpg
その右側の風景がこちら。
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手前の白い建物が志津川病院、真ん中の骨組みだけの鉄骨の建物が南三陸町防災対策庁舎。
職員の女性が最後まで避難を放送で呼びかけて、津波に流されてしまった建物です。
残っている建物は、本当に僅かです。
更に右側に視線をやるとこんなものが見えます。
2012041512180000.jpg
これは4階建ての賃貸マンションです。もちろん人は住んでいません。まだ新しい建物なので、流されずに残ったのでしょう。しかしよく見ると建物は傾いています。3階までは窓ガラスが全て割れています。4階は窓が割れているところと割れていないところがありますが、ベランダにブイが引っかかっています。
ですから津波は4階のベランダの高さまで来たことが想像できます。屋上に逃げた人は助かったかもしれませんが、部屋にいたのでは流されてしまったことでしょう。
マンションの向こうにはがれきの山が見えます。
復興も何もまだまだなんだなぁ。
さあ、作業にかかりましょう。
次回に続きます。

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コメント

  1. まとめteみた.【南三陸町がれき片付けのボランティアに行ってきました。(前編)】

    4月15日に、宮城県南三陸町へ、倫理法人会のメンバー約30名で、ボランティア活動に行ってきました。午前4時に宇宮を出発、8時半頃に南三陸町に入ります。早速目に飛び込んできた生々しいです。去年の3月11日から1年以上経っていますが、まだこの状態です。思わず言葉を失?…

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